こんにちは!
それでは今日も化学のお話やっていきます。
今回のテーマはこちら!
動画はこちら↓
動画で使ったシートはこちら(nucleophilic substitusion)
ハロアルカン
まず、ハロアルカンがどのような化合物なのか、見ていきます。
命名法
ハロアルカンとは、アルカンがもつ水素原子のうち、1つがハロゲン原子に置換された化合物のことを言います。
ハロゲン化アルキルまたはアルキルハライドとも呼ばれます。
こちらがハロアルカンの例です。
置換基の名前は、フッ素をフルオロ基、塩素をクロロ基、臭素をブロモ基、ヨウ素をヨード基と呼びます。
メタンの1つの水素原子がフッ素原子に置換されたものは、フルオロメタンと言います。
プロパンの2位の炭素に結合している1つの水素原子が塩素原子に置換されたものは、2-クロロプロパンと言います。
物性
電気陰性度の差から、ハロアルカン分子内のハロゲン原子が電子を引き付けるので、ハロゲン原子は負、炭素原子は正に分極した構造をとります。
特に、フッ素原子は原子半径が小さく、電気陰性度も高いので、原子核の近くに電子を強く束縛します。
フッ素から塩素、臭素、ヨウ素と原子半径が大きくなるにしたがって、電子は原子核から離れた位置に分布しており束縛が弱いため、外部電場をかけたときに大きく電子が移動できます。
その結果、ハロアルカンの分極率は、ハロゲンが周期表の下にあるほど大きくなります。
分極率が大きいと、電子分布を変化させることで、近くの双極子とより強い引力が生じます。
London分散力が大きくなるため、液体が安定となり、沸点は高くなります。
融点については、分子の対称性も大きく影響するため、同様の傾向はみられますが、大小関係が入れ替わることもあります。
反応性
次に反応性についてですが、まずハロゲン原子を\(\displaystyle \rm{X}\)\(\)として、\(\displaystyle \rm{C-X}\)\(\)結合の結合解離エネルギーは、フッ素が最も大きく、ヨウ素が最も小さくなります。
これは、原子が大きくなるほど結合距離が長くなることで、軌道の重なりによる安定化が起こりにくいためです。
これは、あくまでホモリシス開裂のしやすさの比較ですが、ヘテロリシス開裂のしやすさも同様になります。
分極があり結合も弱い\(\displaystyle \rm{C-X}\)\(\)結合周辺は、反応が起きやすい部分であり、次のような反応が起こります。
求核置換反応
1つ目が、今回のテーマである求核置換反応という反応です。
少し正に電荷が偏っている炭素原子は、求電子的になっているので、Lewis塩基から電子の供与を受ける可能性があります。
その過程で弱い\(\displaystyle \rm{C-X}\)\(\)結合がヘテロリシス開裂すると、ハロゲン原子がそのLewis塩基に由来する官能基に置換されます。
詳しくは、この記事の後半でやっていきます。
脱離反応
他の可能性として、Lewis塩基がプロトンを引き抜くことで、最終的には、二重結合をもつアルケンが生成する脱離反応というものもあります。
ここについては、こちらの記事を参照してください。

Friedel-Craftsアルキル化
また、ハロアルカンのハロゲン原子上には孤立電子対があるため、ハロアルカンがLewis塩基としてふるまうこともあります。
Lewis酸であるアルミニウムや鉄(III)の錯体に配位すると、\(\displaystyle \rm{C-X}\)\(\)結合の炭素原子がより求電子的になり、さらに反応性が高くなります。
6員環の\(\displaystyle \pi\)電子共役系をもつベンゼンは非常に安定なため、ハロアルカンとそのまま反応することはありませんが、この状態であれば、ハロアルカンの求電子的な炭素原子に\(\displaystyle \pi\)電子を供与して、水素原子がアルキル基に置換される反応が起こります。
この反応は、Friedel-Craftsアルキル化と呼ばれるもので、この反応におけるアルミニウム錯体は触媒にあたります。
詳しくは、こちらの記事を参照してください。

求核置換反応の一般式
ここからは、求核置換反応について、お話ししていきます。
まずは、一般式をもう一度確認しておきましょう。
反応物はハロアルカンとLewis塩基で、生成物はハロゲン化物イオンとハロゲンがLewis塩基由来の官能基に置換された化合物です。
ハロアルカンの炭素が電子不足となっていることでこの反応が起こるので、この反応におけるハロアルカンを求電子剤と呼びます。
また、目的の生成物の主骨格をなす反応物ということで、基質とも呼びます。
反対に、Lewis塩基のほうは、電子が少ないところと反応しようとするという意味で、求核剤と呼びます。
ハロゲン化物イオンは、ハロアルカンから外れた官能基という意味で、脱離基と言います。
脱離しやすい官能基であれば、ハロゲンでなくとも求核置換反応は起こる可能性があります。
この記事の中では、この式中の\(\displaystyle \rm{X}\)\(\)を主にハロゲンとしてお話していきますが、厳密には、脱離可能なさまざまな原子および原子団であると解釈してください。
反応機構
求核置換反応の反応機構は、次に挙げる2パターンのうちのいずれかとなります。
二分子求核置換(\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(2\))反応
1つ目は、求核剤の攻撃と脱離基の脱離が同時に起こるパターンです。
求核剤が脱離基の背面からハロアルカンへ接近すると、\(\displaystyle \rm{sp}\)\(^3\)混成 だった\(\displaystyle \rm{C-X}\)\(\)結合の炭素原子は、遷移状態で\(\displaystyle \rm{sp^2}\)\(\)混成となり平面的な構造をとります。
そこから、脱離基の脱離と同時に、求核剤と新たな化学結合が形成されて、反応が完了します。
この反応機構からわかるとおり、脱離基と求核剤の優先順位が同じとすると、絶対配置はRからS、SからRへと必ず反転します。
この反転のことをワルデン反転と言います。
また、反応物の立体により、生成物の立体が\(\displaystyle 100\%\)決まることを立体特異的であると言います。
反応の過程をポテンシャル図で書くと、こちらのようになります。
求核攻撃と脱離基の脱離が協奏的に起こるため、素反応に分けようとしても1つだけになります。
その反応速度は、基質と求核剤のモル濃度に比例するため、この反応は2次反応だと言えます。
この反応のことを二分子求核置換反応、もしくは\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(2\)反応と言います。
一分子求核置換(\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(1\))反応
もう1つの求核置換反応の機構は、脱離基の脱離が完了した後に求核攻撃が起こるというものです。
中間体として平面構造のカルボカチオンを経由するため、立体は保持されません。
すなわち、こちらの機構は、立体特異的ではありません。
求核攻撃を受ける炭素原子が生成物の不斉炭素となるとき、生成物はラセミ混合物として得られることになります。
ポテンシャル図は、こちらのとおりです。
水が求核剤であるときなど一部例外(後述)を除き、反応は2段階で進行します。
一般的に、1つ目の素反応、すなわち脱離基の脱離のほうが活性化エネルギーが大きく、こちらが律速段階となります。
律速段階については、こちらの記事を参照してください。

脱離基が脱離する過程では、求核剤は反応に関与せず、その反応速度は基質の濃度にのみ比例します。
1つ目の素反応が律速段階であるとき、全体の反応速度もこれに等しいと近似できるため、求核剤の化学種や濃度には依存しないことになります。
この反応のことを一分子求核置換反応、もしくは\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(1\)反応と言います。
求核置換反応の反応性に影響する要因
\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(2\)反応と\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(1\)反応は、脱離基をもつ基質と求核剤という同じ反応物の組み合わせで起こる反応なので、実際の系でどちら優先的に起こるのかは反応条件によって左右されます。
ここからは、その要因について考えていきます。
脱離能
まず、脱離基が脱離しやすいほど、求核置換反応は起こりやすいと言えます。
反対に、脱離できない置換基では求核置換が起こりません。
脱離のしやすさは、脱離能と言います。
ハロアルカンからハロゲン化物イオンが脱離するとき、最も脱離しやすいのはヨウ化物イオンで、フッ化物イオンはほとんど脱離しません。
ハロゲン化物イオンでなくとも、強酸の共役塩基(弱塩基)であれば、脱離後が熱力学的に安定であるため、一般的には脱離しやすいと言えます。
反対に、弱酸の共役塩基(強塩基)である化学種は、脱離後が不安定であるため、脱離しにくいことになります。
求核性
反応に影響を及ぼす次の要因は、求核性です。
求核性とは、その求核剤がどれだけ求核攻撃しやすいのかという指標です。
\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(1\)反応では、反応速度が求核剤の濃度に依存しないため、求核性が反応速度に影響するのは\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(2\)反応だけになります。
ここではさらに、求核性を左右する要因を5つ紹介します。
負電荷の大きさ
まず、電気的に中性な求核剤と負に帯電した求核剤では、後者のほうが\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(2\)反応が速く進行します。
これは、電子密度が小さい炭素原子との静電的な相互作用によって、説明されます。
塩基性度
また、化学種全体の電荷が同じ場合については、塩基性度が高いほど求核性は大きくなります。
アンモニアと水を比較した場合、より塩基性が高いのはアンモニアであるため、アンモニアのほうがより求核性が大きいと言えます。
溶媒和
また、求核性は溶媒の種類によっても影響を受けることがあります。
例えば、メタノール溶媒中で、メタンスルホン酸エチルにハロゲン化物イオン\(\displaystyle \rm{X}\)\(^-\)を反応させた場合、ハロアルカンが得られますが、その反応速度は、ヨウ化物イオンが最も速くなります。
フッ化物イオンに関しては、ほとんど反応が進行しません。
これは、塩基性の高さから予想される大小関係と真逆になります。
その理由は、溶媒であるメタノールにあります。
電気的に中性ではない塩基は、プロトン性溶媒と強く相互作用することで安定となり、求核置換が起こりにくくなります。
ここで、プロトン性溶媒とは、メタノールのように、プロトンとして脱離できる水素原子をもつ溶媒のことを言います。
また、求核剤と溶媒の間ではたらく相互作用のことは、溶媒和と言います。
小さなイオンほど、電荷が集中しているため、溶媒和による安定化が大きくなります。
そのため、最も小さいフッ化物イオンでは反応がほとんど起こらず、最も大きいヨウ化物イオンで反応が最も速く進行するということになります。
この傾向は、あくまでプロトン性溶媒中での話なので、エーテルやジメチルホルムアミド(DMF)といった非プロトン性極性溶媒中であれば、反応速度の大小関係は塩基性の大小関係と一致します。
分極率
そして、溶媒和の影響が少なくなる電気的に中性な求核剤についても、電子雲の広がりは求核性に影響を及ぼします。
電子雲が大きく広がっているほど、原子核による拘束が弱いため、簡単に構造を変化させることができます。
これを「分極率が大きい」と言いますが、\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(2\)反応の遷移状態においても、分極率が大きいほどより効果的な軌道の重なりが得られるため、活性化エネルギーは減少し、反応はより速く進行します。
そのため、セレン化水素、硫化水素、水といった16族元素の水素化合物を比較した場合には、セレン化水素が最も求核性が大きいことになります。
15族に関しても、ホスフィンとアンモニアを比べると、ホスフィンのほうが求核性は大きいです。
立体障害
求核性を左右する5つ目の要因は、立体反発です。
嵩高い求核剤ほど、基質の特定の炭素原子に近づくことが困難であるため、求核性は小さくなります。
また、求核剤が嵩高くなくても、基質が嵩高い場合は、同様に求核攻撃は起こりにくくなります。
そのため、最も嵩高い第三級ハロアルカンでは、\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(2\)反応がほとんど起こりません。
この組み合わせでは、脱離基が先に脱離してできるカルボカチオンが安定となることもあって、\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(1\)反応のほうが優勢となります。
第一級ハロアルカンの中でも、アルキル基に枝分かれがあるかどうかで反応速度が変化するので、知っておいてください。
可逆反応の制御
これまでの脱離能と求核性の話を踏まえると、フッ化物イオンを除くハロゲン化物イオンは、優れた求核剤であり、優れた脱離基でもあると言えます。
したがって、ハロアルカンを別のハロアルカンに変換しようとすると、その逆反応も起こるため、化学平衡となります。
例えば、アセトン溶媒中でヨードアルカンに塩化リチウムを反応させると、クロロアルカンとヨウ化リチウムが生成します。
その逆反応も起こりますが、\(\displaystyle \rm{C-I}\)\(\)結合と\(\displaystyle \rm{C-Cl}\)\(\)結合では後者のほうが強く、\(\displaystyle \rm{RCl}\)\(\)のほうが熱力学的に安定となるため、順反応が優勢となります。
反対に、熱力学的に不安定であるヨードアルカンが欲しい場合には、この平衡を左に大きく傾ける工夫が必要です。
そこで、下に書いたFinkelstein反応というテクニックがあります。
この反応では、リチウム塩のかわりにナトリウム塩を使います。
ヨウ化ナトリウムはアセトンに溶けますが、塩化ナトリウムや臭化ナトリウムはアセトンに溶けません。
この性質の違いを利用すると、ヨードアルカンとともにできる塩化ナトリウムや臭化ナトリウムを沈殿として系から取り除くことができるため、平衡を大きく傾けて、ヨードアルカンを主生成物として得ることができます。
カルボカチオンの安定性
最後は、\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(1\)反応で経由するカルボカチオンについて、考えて終わりにします。
カルボカチオンは、アルキル基の超共役の影響で、第三級が最も安定で、メチルカチオンが最も不安定となります。
脱離基の脱離によって安定なカルボカチオンができる基質ほど、\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(1\)反応は進行しやすいことになります。
溶媒の極性
また、脱離基が脱離する素反応の遷移状態は、溶媒の影響を大きく受けることが知られています。
まず、\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(2\)反応の遷移状態の構造を見ると、平面に対して垂直な2方向に電子が分布しており、双極子モーメントとしては打ち消し合っているような形をとります。
それに対して、\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(1\)反応の遷移状態は、単純に1つの化学結合が分極しているだけなので、どことも打ち消し合いが起こりません。
よって、\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(1\)反応の遷移状態は、\(\displaystyle \rm{S_N}\)\(2\)反応の遷移状態よりも大きな双極子モーメントをもっていると言えます。
溶媒の極性が高ければ、相互作用によって遷移状態のポテンシャルが低くなるため、反応は速く進行します。
例えば、2-ブロモ-2-メチルプロパンに水を反応させる反応があります。
この反応において、水は求核剤であり、溶媒でもあります。
水は極性が高いため、遷移状態を大きく安定化させて、反応を速く進行させます。
そして、水にアセトンを混和させて極性を下げると、遷移状態のポテンシャルが増大するため、反応は遅くなっていきます。
アセトンと水を\(\displaystyle 9:1\)で混合した溶媒中での反応速度は、純粋な水中の反応速度のおよそ40万分の1と、きわめて遅くなります。
それだけ溶媒の極性が反応速度に大きな影響を及ぼすということです。
ちなみに、上記の反応は、加溶媒分解反応と呼ばれる反応の一種です。
特に、溶媒が水の場合は、加水分解反応と言います。
水は塩基としてもはたらくため、上記の反応で生成したカチオン種からプロトンを引き抜くことができます。
その結果、最終的に得られる生成物は、アルコールとハロゲン化水素となります。
まとめ
今回の内容は以上です。
間違いの指摘、リクエスト、質問等あれば、X(https://X.com/bakeneko_chem)かお問い合わせフォームよりコメントしてくださると、助かります。
それではどうもありがとうございました!