こんにちは!
今回から、化学でも大変重要な概念となる群論という分野を、何回かに分けて扱っていきます。
その1回目、テーマはこちら!
動画はこちら↓
動画で使ったシートはこちら(group definition)
それでは内容にはいっていきます!
置換(線形代数学)で成り立つ積の演算
始めに、行列式の定義で出てきた置換というものを思い出してみましょう。
ここでAは行列、\(a_{i, j}\)は\(\bf{\rm{A}}\)の\((i, j)\)成分です。
\(\sigma\)が置換というもので、数の入れ替えを表します。
上の行に入れ替え前の順番、下の行に入れ替え後の順番を書きます。
詳しくは、こちらの記事でお話ししています。

\(S_n\)は、すべての\(n\)次置換の集合であり、例えば\(S_3\)に含まれる置換は、こちらに示した通りになります。
順番を入れ替えないという置換もあって、これは恒等置換と呼びます。
そして、\(\sigma\)と\(\tau\)を置換としたとき、その積\(\sigma \tau\)はこのように考えることができます。
ここでは\(\sigma\)の入れ替えをしたあと、\(\tau\)の入れ替えをしています。
また、置換\(\sigma\)にかけることで恒等置換となる置換を考えることができます。
これを逆置換と呼び、\(\sigma^{-1}\)と表記します。
このとき、\(\sigma^{-1}\)は一意的に決まり、\(\sigma \sigma^{-1}=\sigma^{-1}\sigma\)というふうに交換もできます。
以上のように、集合\(S_n\)に含まれる置換同士だと、積の演算ができるという特徴があります。
剰余類で成り立つ和の演算
一方で、その集合の中で積を考えることができないものもあります。
その1つが剰余類です。
まず小学校で習う余りのある割り算を考えます。
\(a\)、\(n\)、\(r\)を自然数、\(q\)を整数として\(a=qn+r\)が成り立ち、またさっきと違う自然数\(a’\)、\(r’\)と整数\(q’\)についても\(a’=q’n+r’\)が成り立つとします。
ここで2つの余りの値\(r\)と\(r’\)が同じとき、↓のように表記しまして、「\(n\)を法として\(a\)と\(a’\)は合同である」と言います。
そして、\(n\)で割ったときに余りが\(a\)となる整数の集合を\([a]\)と表すことにします。
例えば\([3]\)は\(3\)や\(n+3\)、\(2n+3\)、それに\(-n+3\)、\(-2n+3\)を含む集合になります。
この\([a]\)のことを剰余類と呼びます。
さらに、剰余類同士の足し算\([a]+[b]\)を\([a+b]\)と定義すると、足し算の結合法則や交換法則を満たすことが確認できます。
また、余りが\(0\)になる剰余類も\([0]\)と考えることができ、↓のようにに負の剰余類\([-a]\)も考えることができます。
群の定義
そして、置換の積の演算が成り立つ状況や剰余類の和の演算が成り立つ状況を統一的に扱うため、Cayleyによって群というものが定義されました。
こちらがその定義で、まず集合\(G\)に含まれる\(a\)と\(b\)について、その積\(ab\)を考えることができ、また\(ab\)も集合\(G\)に含まれます。
そして、\(a(bc)=(ab)c\)という結合法則も成り立ちます。
また、集合\(G\)に含まれるすべての元に対して、積をとっても同じ元のままになる単位元も集合\(G\)に含まれます。
最後に、集合に含まれるそれぞれの元に対して、積を取って単位元となるような逆元が存在し、これも集合\(G\)に含まれるとき、集合\(G\)のことを群と呼びます。
回りくどいですが、ここで言っていることはさっき置換について確認したことです。
群の性質
群に含まれる元について、その性質を一部紹介すると、まずすべての元に対して、単位元は一意的に決まり、それぞれの元に対して逆元は一意的に決まります。
そして、\(ab\)の逆元は\(b^{-1}a^{-1}\)になります。
また、\(ab=ba\)という積の交換法則は、すべての群で成り立つわけではなく、成り立つ群は可換群もしくはアーベル群、成り立たない群は非可換群と呼ばれます。
ちなみに、置換は非可換群に該当します。
群論と化学
それでは最後に、なぜ化学で群の考え方が必要になってくるのかを、ざっくり説明します。
思い出してほしいのは、分子軌道法です。
水素分子を例にしますが、電子は2つの陽子のそれぞれと静電的相互作用をしていて、全体の波動関数\(\varphi\)は\(C_\rm{A} \phi_\rm{A}+C_\rm{B} \phi_\rm{B}\)と書かれます。
ここで\(\rm{A}\)と\(\rm{B}\)は、2つの原子核に対応し、\(\phi\)は原子の波動関数、\(C\)は変分法に使う未知定数です。
詳しくは、こちらを参照してください。

結果だけを示すと、水素分子中の電子のエネルギーは2つの解を持ち、複号同順で\(\frac{\alpha \pm \beta}{1 \pm S}\)となります。
ここで\(\alpha\)、\(\beta\)、\(S\)はそれぞれクーロン積分、共鳴積分、重なり積分と呼ばれ、このような式で表されます。
ここで\(\hat{H}\)は、ハミルトニアンです。
そして、水素原子と水素分子のエネルギーを図にするとこのようになり、低いエネルギー側である結合性軌道に電子が入ることで安定な分子になります。
ここで重要なのが重なり積分\(S\)になってきまして、\(S\)が大きい値、つまり\(1\)に近い値であるほど、原子から分子になったときのエネルギー差が大きくなり、より安定な結合を形成することができます。
\(S\)は、2つの原子軌道がどれだけ重なっているかを表すため、結合を作る2原子の距離が短いほど大きくなります。
そしてもう1つ\(S\)に影響するのが、軌道の対称性です。
例えば、\(x\)軸方向へ向いている\(p_x\)軌道と\(y\)軸方向へ向いている\(p_y\)軌道の組み合わせでは、軌道の重なりがないため、\(S=0\)となります。
このような関係は、直交していると言います。
それに対して、σ結合やπ結合がどのようになっているか見てみると、まずσ結合では、2つの原子を結ぶ軸をどれだけ回しても、回す前と全く同じ形になります。
こんなふうに元の形と重なるような動かし方のことは対称操作と呼ばれ、これ以降の記事で詳しくやっていく内容になります。
そして、π結合では、2つの原子を結ぶ軸を\(180^\circ\)回したときに位相が反転します。
こんなふうに、対称性は軌道同士、もっと言えば分子同士の相互作用を考えるのに大切な要素になっています。
そのため、ある分子に対して、可能なすべての対称操作を群として分類すると、相互作用がわかりやすくなるということで、化学に群論が使われています。
まとめ
はい、今回の内容はここまです。
それでは最後軽くおさらいをやって終わります。
今回は、群の定義となぜ化学で群論が必要になるのかをざっくりとお話しました。
Cayleyによってなされた群の定義を大雑把に言うと、ある集合\(G\)と、そこに含まれる元\(a\)、\(b\)があったときに、掛け算\(ab\)を考えることができて、さらに\(a(bc)=(ab)c\)という結合法則が成り立ちます。
そして、すべての元について、積をとっても変わらない単位元が集合\(G\)に含まれます。
さらに、それぞれの元について、積をとったときに単位元となる逆元も集合\(G\)に含まれるとき、集合\(G\)のことを群と言います。
単位元や逆元は一意的に決まり、また\((ab)^{-1}=b^{-1}a^{-1}\)となります。
そして、掛け算の交換法則\(ab=ba\)は、すべての群について成り立つわけではなく、成立する群は可換群、もしくはアーベル群、成立しない群は非可換群と呼ばれます。
今回紹介した\(n\)次置換の集合は非可換群にあたります。
化学において、この群という考え方は、対称性を考えるために使われています。
以上です。
それではどうもありがとうございました!
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