こんにちは!
それでは今回も化学のお話やっていきます。
今回のテーマはこちら!
動画はこちら↓
動画で使ったシートはこちら(IR)
それでは内容に入っていきます!
赤外分光法で、何が見えるのか?
それではまず始めに今回のテーマである赤外分光法の説明をします。
赤外は英語でinfraredという為、IRと呼ばれることが多いです。
この測定では化合物に赤外線を当て、透過してきた赤外線を観察します。
もし分子がある特定の波長の赤外線を吸収した場合は透過率が下がるため、実験的にそれを確認できます。
そもそも赤外線というのは、波長\(700\)~\(1000\ \rm{nm}\)程度の電磁波を指します。
中でも\(2.5\)~\(16.7\ \rm{nm}\)の中赤外線が、有機化合物の同定によく利用されます。
このとき、光子\(1\ \rm{mol}\)あたりのエネルギーは\(4\)~\(42\ \rm{kJ}\)になります。
この値は、分子の振動準位のエネルギー差に相当しており、このIRは分子の振動励起を見る方法だということになります。
ただし、振動の遷移とともに回転準位で遷移が起こった場合には、回転のモードも一緒に見えるため、振動だけを見る方法ではないということも合わせて覚えておいてください。
また、ここで光子のエネルギーは光の波長の逆数に比較するという関係から、波長の逆数をエネルギー単位としてみなすことがあります。
波長の逆数は波数という名前がついていまして、単位には\(\rm{cm}^{-1}\)を使います。
また、この単位は慣例的、便宜的にカイザー(\(\rm{K}\))と呼ばれることがあります。
しかし、この呼び方をしているのは日本だけであるため、使用するべきではないとされています。
上のエネルギーを波数単位で表すと\(600\)~\(4000\ \rm{cm}^{-1}\)になります。
振動励起とIRスペクトル
それでは続きまして振動励起と得られるスペクトルの関係についてお話します。
ここでは、ばね定数\(k\)のバネで繋がれた2つの物体の運動を考えることにします。
そのまま考えると結構難しいんですけれども、換算質量という考え方を使うと二体問題を単体問題にすることができ、計算が容易になります。
詳しくは、こちらの記事をご覧ください。

そしてそのバネの振動準位をシュレディンガー方程式によって求めると、量子数を\(n\)として\((n+1/2)\hbar\omega\)となります。
ここで\(\hbar\)はプランク定数を\(2\pi\)で割ったディラック定数、\(\omega\)は角周波数で\(\sqrt{\frac{k}{\mu}}\)です。
詳しくは、こちらの記事で解説しています。

吸収される電磁波のエネルギーはこの状態間エネルギーであり、振動準位の間隔は一定で\(\hbar\omega\)になります。
これが光子のエネルギー\(hc\tilde{\nu}\)と等しくなることから波数\(\tilde{\nu}\)は\(\frac{1}{2\pi c}\sqrt{k\frac{m_1+m_2}{m_1m_2}}\)になります。
すなわち吸収される波の波数は、結合の強さと結合を形成する原子の質量に依存するということになります。
分子の振動モードの種類
では続いて、分子の振動が実際にどのように動いているのかについて考えてみます。
1本の結合については伸び縮みするだけですが、2本の結合で結ばれた3原子の振動には、これだけの種類があります。
①は両方の結合が同時に伸びて同時に縮む対称伸縮振動、②は同一面内で結合角が狭くなったり広がったりを繰り返す対称面内変角振動、通称挟み振動、③は三原子を結ぶ平面が動きながらねじれるように振動する対称面外変角振動、通称ひねり振動、そして④、⑤、⑥はそれらの逆対称バージョンです。
⑤は横揺れ振動、⑥は縦揺れ振動とも言います。
このように1つの構造についていくつもの吸収ピークが考えられるため、スペクトルが複雑になるというのが、IRの特徴になります。
官能基に見られる特徴的な吸収ピーク
そして、これが各種官能基の伸縮振動に対応する波数の値です。
詳細は、後程説明しますが、基本的なことだけさらっとお話しします。
まずヒドロキシ基のO-H伸縮は、\(3400\ \rm{cm}^{-1}\)周辺に幅の広いピークとして見えます。
水素結合のでき方はランダムで一様ではないため、O-H間距離にも分布が生じるため、ピークの幅が大きくなっています。
そして、C-H結合の伸縮についてもその炭素がsp2炭素なのかsp3炭素なのかで波数が異なります。
これにより\(3000\ \rm{cm}^{-1}\)を超えているのがアルケン、\(3000\ \rm{cm}^{-1}\)を超えていないのがアルカンと判別することができます。
最後に、ここでは詳しくやりませんが、アルデヒド、ケトン、エステルなどに存在するカルボニル、すなわちC=O結合の伸縮はこのような波数になります。
どれも\(1700\ \rm{cm}^{-1}\)付近にピークを示しますが、それがケトンなのか、エステルなのか、アミドなのかという違いで小さな違いが生じます。
そして、C=C結合の伸縮は\(1700\ \rm{cm}^{-1}\)より少し小さいくらい、C-O結合は\(1000\)~\(1260\ \rm{cm}^{-1}\)という値になり、他の構造の変角振動もここら辺にくると、かなり見えにくい部分になります。
IRスペクトルの例
それではここからは実際のIRスペクトルを大体で書いてみたので、これをもとにお話ししていきます。
IRスペクトルは横軸を光の波数、縦軸を光の透過率として書かれます。
ただし、横軸では波数が大きいほど左側になるように書かれているので、そこに注意してください。
吸収があった場合には、グラフ上で谷の形として現れます。
n-ペンタン
1つ目に紹介するのは、n-ペンタンのスペクトルです。
特徴的なピークはsp3炭素と水素の結合の伸縮振動で、\(3000\ \rm{cm}^{-1}\)より少し小さいところに出てきます。
こんな風に官能基の伸縮振動がわかりやすく出てくる領域は診断領域と呼ばれ、\(1500\ \rm{cm}^{-1}\)以上が当たります。
しかし、診断領域だけではそれがアルカンであることしか分からず、炭素数や分岐の有無などは判別できません。
そこで、\(1500\ \rm{cm}^{-1}\)未満の領域を見ます。
ここでは、一部の伸縮振動と変角振動が相まって非常に複雑なスペクトルを示します。
そのパターンには、炭素数や分岐の有無も反映されているため、化合物の同定に役立てられるということになります。
化合物に固有の複雑なパターンということで、この領域は指紋領域と呼ばれます。
1-ヘキセン
では続いて1-ヘキセンのスペクトルを見ていきましょう。
先ほどと同じように\(3000\ \rm{cm}^{-1}\)より少し小さいところでsp3炭素と水素の伸縮振動が観測されるほか、\(3000\ \rm{cm}^{-1}\)より少し大きいところにsp2炭素と水素の伸縮振動が見えるようになります。
そして、\(1650\ \rm{cm}^{-1}\)あたりにC=C結合の伸縮振動が観測されます。
指紋領域には置換アルケンの構造を反映した面外変角振動が\(900\)~\(1000\ \rm{cm}^{-1}\)付近に見られます。
具体的には、一置換アルケンで\(915\)と\(995\ \rm{cm}^{-1}\)、1,1-二置換アルケンで\(890\ \rm{cm}^{-1}\)、トランス-二置換アルケンで\(970\ \rm{cm}^{-1}\)に特徴的なピークが現れることになります。
シクロヘキサノール
最後は、シクロヘキサノールのスペクトルを見てみましょう。
\(3400\ \rm{cm}^{-1}\)付近にブロードなピークが見られることから、ヒドロキシ基を持つということが分かります。
そして、sp3炭素と水素の伸縮振動が\(3000\ \rm{cm}^{-1}\)より少し小さいところに出てきます。
C-O伸縮は指紋領域なので、ちょっとわかりにくいですが、\(1070\ \rm{cm}^{-1}\)に見えます。
このスペクトルを目視しただけだと、シクロヘキサノールだと断定できませんが、元素分析やNMRなどを組み合わせたり、指紋領域をよく調べたりすることで、同定ができます。
練習問題
それでは、練習問題をやってみましょう!
C5H11Brという分子式をもつ、2種類の化合物AとBのそれぞれにNaOH、H2O、C2H5OHを反応させたのちに、IRを測定したところ、次のようなスペクトルが得られました。
Aでは\(1660 \rm{cm}^{-1}\)と\(2850\)~\(3020\ \rm{cm}^{-1}\)と\(3350\ \rm{cm}^{-1}\)、Bでは\(1670\ \rm{cm}^{-1}\)と\(2850\)~\(3020\ \rm{cm}^{-1}\)に吸収が見られました。
この時、反応が起こる前の化合物A、Bに考えられる構造を全て答えてください、というのが問題です。
AとBの違いは\(3350\ \rm{cm}^{-1}\)にピークがあるかどうかであり、つまりはアルコールが生成するかどうかが異なるということです。
そして、両者ともに見られた\(1660\ \rm{cm}^{-1}\)のピークは、アルケンに特徴的なものですので、Aではアルケンとアルコールの混合物ができて、Bではほとんどアルケンしかできなかったということになります。
あとは、ハロアルカンの求核置換反応と脱離反応がどういう条件で起こりやすいのかを考えることで、答えが推測できます。
詳しくは、こちらをご参照ください。

答えは、Aが第二級ブロモアルカンである↓の3種類、Bが第三級ブロモアルカンとなる2-ブロモ-2-メチルブタンになります。
ちなみに、これはある教科書から取ってきた問題と答えですが、Aについては分岐構造をもつ第一級ブロモアルカンを書いていても、不正解にはならないと思います。
まとめ
それでは最後、軽くおさらいをやって終わります。
今回は、化合物の同定や、相互作用の評価などに使われる赤外分光法について、お話ししました。
赤外線のエネルギーは、結合の振動準位のエネルギー差に対応しているため、官能基に特徴的な伸縮振動や変角振動を調べることができます。
特に、\(1500\ \rm{cm}^{-1}\)以上のエネルギーが大きい領域では、官能基の伸縮振動がきれいに見えるため、診断領域と呼ばれています。
\(1500\ \rm{cm}^{-1}\)以下になると、C-CやC-Oの伸縮、およびいろいろな変角振動のおかげで複雑なパターンが見られるようになり、ここは指紋領域と呼ばれます。
診断領域だけでは、炭素数や結合の仕方が分からないことも多いのですが、指紋領域にはその違いが現れるため、コンピュータによる解析も行われます。
最後に、官能基に見られる特徴的なピークとして、O-H伸縮は\(3400\ \rm{cm}^{-1}\)付近にブロードなピーク、sp3炭素と水素の伸縮振動は\(3000\ \rm{cm}^{-1}\)より少し小さいくらい、sp2炭素と水素の伸縮振動は\(3100\ \rm{cm}^{-1}\)付近ということは、絶対に覚えておいてください。
今回の内容は以上です。
それでは、どうもありがとうございました!
コメント
FTIRを長年扱っているものです。総じて良く勉強されておられて感心しました。
いくつか気になった点をコメントします。
・赤外光波数域の定義は諸説ありますが、780nm~1mmが一般的です。赤外光は近赤外光、中赤外光、遠赤外光から成り、中でも中赤外は2.5~25µmです。あたなのブログでは中赤外を前提に書かれていますので、これも明記した方が良いでしょう。
・カイザーは国内では慣例として残っていますが海外では使われませんので、使用をやめるべきです。”波数”や”センチメートルマイナスワン”と呼ぶ方が適切です。赤外分光法の標準的な教科書(田隅三生生著:赤外分光測定法/基礎と最新手法)の中に明確な一文として記載されています。
・振動モードの種類は、非対称ではなく逆対称でしょう。asymmetrical stretchingを和訳したものですので、非対称より逆対称の方が原文の意味を正確にくみ取っています。
・IRの場合、スペクトルのベースラインからの吸収の変化を”シグナル”とはあまり呼びません。”バンド”や”ピーク”と呼びます。どちらかというとバンドと呼ぶ方が一般的です。
他にも細かいところはいくつかありますが、上記はぜひご訂正いただければと思います。
丁寧なご指摘、ありがとうございました。この記事は、ボルハルト・ショアー有機化学をもとに書いているため、ピークや非対称という言葉を使っていましたが、自分も逆対称の方が相応しいと判断したので、書き直しました。ご指摘いただいたそれ以外の点についても、完全なる自分の不注意、知識不足だったので、可能な限り訂正いたしました。動画の方も、作り直しは困難ですが、訂正文を入れて対応いたします。